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みなさんこんにちは石川直です。今回のこの鼓喇舞(コラブ)の芸術監督を務めることになりました。

今回の主な目的は、マーチングやドラムコーを続けてきた日本国内の人たちに、大会参加以外の新しい目標の場/活動の場を作ること。そして新しい流れを生むということを、このジャンルの更なる活性化に繋げていくこと。こういったことが実現すれば素晴らしいと思っています。


培った能力を発揮する場所が少ない現状

今の日本には、このマーチングやドラムコーの世界で培ってきた能力を使える環境が、大会に参加するということ以外ほとんどない。そのため、大会に関わっていない大勢の才能ある者たちのその才能を使わずにいる、という勿体無い状態が続いてしまっています。

人の能力は、それを発揮できる良い環境があれば更に伸ばしていけるもの。でも使わなければ伸びるものもなかなか伸びない。日本にもかなりの潜在性(力)/将来性を持つ若い人がたくさんいる。マーチングやドラムコーの世界にもそういった可能性を強く感じさせてくれる人が多い。ただ、いくら素晴らしい潜在力を持っていても、それを引き出し開花させるための努力を続けなければ、可能性は可能性のままで終わってしまう。

自分が活躍できる環境を見つけることが出来るかどうかで、その先自分の持つ能力をどれだけ伸ばせるかが変わってくる。僕自身、ドラムコーをエイジアウト(引退)し、大学を卒業した後、ブラストという環境を幸いにも見つけることが出来たからこそ、今のパフォーマーとしてのレベルにまで成長することができた。もしドラムを叩き続ける場を見つける事ができていなかったら、今のようなミュージシャン/パフォーマーにはおそらくなっていなかった。

既に素晴らしい才能を持ち、その世界ではかなり高いレベルまで成長してきているのに、活躍できる場所が無いために、違う世界に飛び込んでまた一からスタートし直さなければならなかった人たちを今までに何人も見てきた。長い目で見るとそれはそれで悪いことではないのかもしれない。何事もプラスに受け入れれば、人としての成長には繋がるし、苦い経験であるほど、学ぶことは多いもの。それぞれが、そういった道を選んだことで満足しているのならそれに越した事はないけれど、それで満足していない人たちが実際にはたくさんいる。せっかくある分野において高い能力を持っているのに、その才能を更に伸ばせないどころが、その能力をほとんど使うことのない環境で生活を続けていて、「可能なことならプレーヤー/パフォーマーとして続けて行きたかった」と言っている人たちが大勢いる。


近年の大会参加者の成長ぶり

ここ数年の全国大会参加団体のショーの構成内容や水準の向上はなかなかすごいと思う。特に中高生の成長ぶりには驚かされている。僕自身が高校生のときにやっていたことと比べて、かなり高いレベルのことをこなしている。こうなってきているのは、ここ10年前後、本場アメリカドラムコー界の大御所や、高い実力を持つインストラクターたちが日本に来てくれるようになったことや、実際にアメリカのトップレベルの環境で経験を積んできた多くの若いプレーヤーたちが、その培ってきた経験や知識を惜しみなくこの日本に広げてくれたから。

こういった環境の中で中高生たちがこのまま成長していけば、数年後、彼らが20代前半になる頃にはかなりの力を持つプレーヤーたちが大勢現れるはず。ただ、今のままではそのプレーヤーたちが活躍できる場が存在しないため、彼らもまたせっかくの才能を使いこなすことなく、他の道を選ぶしかなくなってしまう。今現在でも既に多くの才能を使わずにいる。そして、この先には更に高い能力を持つものたちが出てくるというのに、それも使えない。これはやっぱり勿体無い。

多くの仲間たちと一つの目標を目指す…といった協調性を高めること以外にも、音を奏でる、身体能力を駆使する、表現をするなど、様々な要素を高めることを求められるこの世界で力強く成長してきた人たちは、他の活動や世界で成長してきた人たちとは一味違う器用さや、習うことに対する柔軟性を持っている。

でも、せっかくその道でかなりの力を身に付けたのに、その能力を使える場所がマーチングの大会のみというのは、勿体無いことをしていると思う。ある意味それは、そういった人たちの可能性を一つの流れの中だけに閉じ込めてしまっているようなもの。もちろん大会のレベルが高まることは喜ばしいことだけれど、それ以外にも能力を試すことができ、更には伸ばしていける環境は存在するべきだと思う。それが長い目で見た、マーチングの世界の活性化に繋がるはずだから。

単純に野球やサッカーの世界のことを考えて見ても分かると思う。もし野球の世界に高校野球とアマチュア野球しかなく、プロ野球が存在しなかったら、イチローや松井のような選手は生まれなかったはず。また日本にJリーグができたからこそ、中田たちのようなサッカー選手が現れた。


能力を活かし更に成長するための環境

どんな人間であれ、それぞれがそれなりに努力を続け培ってきた能力を、活かしそして更に伸ばしていくことの出来る環境が必要なはず。特に現在の日本の音楽や芸術の世界になると、そういった環境を作り出す必要性を強く感じる。今のままでは、20代前半まで懸命に伸ばし続けてきた能力を、ほとんど使うことも出来ずに封印してしまうことになる。特に音楽や芸術を続ける人間にとっての20代というのは、更なる成長の為にとても重要な時期で、その年代に良い環境が与えられないということは、ただその人が「可哀想だ」だけで終わる話ではなく、極端な話この先この日本に、その方面の熟練者たちが現れなくなってしまうという事にも繋がる。

能力を活かせる場を作るという事はプレーヤーやパフォーマーたちにとって良いという話だけで終わらず、クリエーターたちにも良い話で、より幅広い環境の中でイメージを形にすることが出来るようになる。大会のルール内で自分の想像力を発揮することに力を注ぐことももちろん良いこと。ただルールやペナルティーと言った制限やきまりごとのより少ない環境でクリエーションを続ける事は、クリエーターとしての発想の幅を広げ、より大きな成長に繋がるはず。そしてなにより、より自由にアイデアを形に出来るということはクリエーターたちにとって喜びとなるはず。

まず、こういった20代前半の若いプレーヤーたちと、20代後半のクリエーターたちを中心に、それぞれが新しく挑戦し活躍できる場所を作るということが今回の主な目的で、それを一度だけのもので終わらせず続けていくのがこれからの課題だと思っている。そしてそれが結果として、このジャンルの活性化に繋がって行けばなによりのこと。

第一歩を踏み始めようとしている今回はまだ、”世界でも認められるほどのレベル”と言えるものに仕上がることはないかもしれないけれど、こういった流れが生まれその中で経験を積むものが増えれば、いずれ世界レベルと呼ぶにふさわしい力を持つ者たちが増えてくると信じている。そのためにはまず、小さくてもその環境を作り出さなければならない。そしてそれには、この流れを生む事に賛同してくれる人が増えるほどいいと思っています。

日本人は他の国の人たちが持っていない感性を持っている。繊細さ、助け合おうとする心、思いやりの心などは、他の国の人たちよりも強い。鼓喇舞が切っ掛けとなり、こういた感性を持つ日本人たちを中心に舞台を作ることで、新しい流れを生み、特殊な能力を持つ人たちがそれを活かし、更に成長できる環境が増えていくことを願っています。


石川 直Naoki Ishikawa


(2006年:記)